御祭神

塩土老翁命

金山彦命

舟玉命

倉稲魂命

仁徳天皇

外不詳一座

 

 

 

御由緒

 創立年代不詳なれども、保元年間(1156~1158)の国乱に際し、塩釜神社を合祀するとある。応永年間(1394~1428)雨櫻神社の焼失した社殿の造営について、今川氏より‘上下宮’として六所神社の修理にも寄進があった。このことから当時既にこの地に鎮座したいたことが窺える。また『掛川誌稿』に於いて「六所大明神二ノ谷と云う所の山にあり雨櫻天王の脇宮と称し、祠官の従仕ふる事上下の差なし」とあり、雨櫻神社と六所神社が上下宮として崇敬され、同様に神職が奉仕していた事がわかる。

 昔は六所神社(六所大明神)とは称することなく‘尾崎宮’と云い、近郷小社五社を合祀して、六所神社と称するようになった。延宝7年(1679)には本殿修理の為、小国神社の小国弾正の名代鈴木民部が遷座祭を斎行し、天保3年(1832)には現在の御本殿の造替が行われた。明治時代に入り村社に、神饌幣帛供進社にも指定された。地域でも重要な場所とされ、境内には桜木地区の英霊を祀る桜木御霊神社が創建された。

 

 

 

御神木

垂木の大杉と言われ、樹齢は1000年以上だと推測される。高さ18m、幹周り4.5m、根回り6.7mの巨木で、村境や道しるべとして昔から有名であり、天明7年(1788)の古文書にも記載されている。

近年は大杉内部の空間に山桜が根付き、共に成長し共生していることから、珍しい御神木として遠近から訪れる人も多い。